ドイツを旅する楽しみのひとつが、教会や城館などの建築。ドイツでは、10世紀以降、時代に応じてさまざまな個性をもった建築様式が花開いてきました。
ロマネスク建築、ゴシック建築、バロック建築・・・各建築様式の名前を耳にする機会はあっても、それぞれの建築様式について詳しく知る機会は意外とありません。
そこで、これを知ればドイツ旅行がもっと楽しくなる!ドイツの各時代を彩ってきたおもな建築様式とその特徴、代表的な建造物をご紹介します。
Contents
ロマネスク様式(10世紀後半~12世紀)
現存するドイツの教会や聖堂のなかで、特に古いものの多くにみられるのが、ロマネスク様式です。
ロマネスク様式は、10世紀後半にフランスや北イタリア、ドイツに登場し、その後ヨーロッパ各地に広まっていきました。なかでも、11~12世紀に建てられた教会や修道院に、ロマネスク様式の特徴をもつ建造物が目立ちます。
ドイツでは、もともとロマネスク様式で建てられたものの、のちにゴシック様式やバロック様式に改築された宗教施設や、部分的に改装した結果、ロマネスク様式とのちの時代の建築様式が混在している教会も少なくありません。
ロマネスク建築は必ずしも一定のルールをもつものではありませんが、一般的な特徴として挙げられるのは、厚い壁や小さな窓、半円アーチなど。
石造りの天井が外側に力を働かせる構造になっているロマネスク建築では、天井の重みを分厚い石の壁て支える必要があったため、ロマネスク建築のなかには壁の厚みが1メートルを超えるものもあります。
そんなロマネスク建築の印象をひとことで形容するならば、「質実剛健」です。
「ヨーロッパの教会」と聞くと、大きな窓からたっぷりの自然光が入ってくる空間をイメージする人も多いかもしれませんが、この時代にはまだ大きな窓が設けられるほど建築技術が発達していませんでした。
大きな窓や華やかなステンドグラスの登場は、次の時代のゴシック建築まで待たなければなりません。
ロマネスク様式の代表的建造物
ドイツを代表するロマネスク様式の建造物のひとつが、世界遺産にも登録されているトリーアの大聖堂。トリーアはドイツ最古の都市として知られ、トリーアの大聖堂はその歴史を4世紀にさかのぼるドイツ最古の大聖堂です。
長い歳月のなかで増改築が繰り返されてきた大聖堂は、壮大かつ重厚で、その大きさもあいまって圧倒されるような迫力があります。
同じく世界遺産のシュパイヤー大聖堂や、旧市街全体が世界遺産に登録されているバンベルクの大聖堂も有名です。
のちに登場する建造物に比べ、派手さはないものの、深い味わいが特徴のロマネスク建築。ドイツにおけるロマネスク建築は、簡素でありながらも壮大で、歴史的価値がきわめて高いものが少なくありません。
ゴシック様式(12~15世紀)
ロマネスク建築の要素を受け継ぎつつ、その特徴をさらに発展、洗練させて生まれたのがゴシック建築です。もともとは12世紀後半ごろにフランスで始まり、13世紀にドイツに定着。北部ヨーロッパを中心に、ヨーロッパ各地に広がっていきました。
ゴシック建築は、とりわけヨーロッパの教会や聖堂によくみられる建築様式で、当時町いちばんの建造物であった大聖堂に多く用いられたため、ヨーロッパ旅行で特に印象に残る建築様式です。
中世ヨーロッパの人々にとって、町を象徴する大聖堂は、神の存在を示すものであると同時に、それ自体が希望の象徴でもあったといいます。
ゴシック建築の特徴のひとつとして挙げられるのが、「リヴ・ヴォールト」と呼ばれる円形状の天井。
リヴ・ヴォールトとは、石やレンガで組積みされた丸いカーブを描く天井に、「リヴ」と呼ばれるアーチ状の筋を付けたもの。ゴシック様式の教会や聖堂に足を踏み入れると、このリヴ・ヴォールトが幾重にも重なる荘厳かつ華やかな空間が印象的です。
さらにロマネスク建築から大きく進歩した点が、「フライング・バットレス」と呼ばれる外壁を支える飛梁の存在。ロマネスク建築は分厚い壁で天井の重みを支えていましたが、ゴシック様式ではアーチ状の梁によって外壁が外側に倒壊するのを防ぐことができるようになりました。
フライング・バットレスの誕生によって、外観にリズムがもたらされただけでなく、大きな窓を設けることも可能に。これによって、ゴシック様式の教会や聖堂では、大きな窓に色とりどりの美しいステンドグラスを設置し、文字が読めない人にも聖書の物語を教えることができるようになったのです。
ドイツのゴシック聖堂は、西正面に双塔を備えた重厚なたたずまいが特徴。天を突くような、細く、高く、端正な塔をもつものが多く、ドイツ各地の旧市街の風景のアクセントになっています。
ゴシック様式の代表的建造物
ドイツにおけるゴシック様式の建造物として、真っ先にその名が挙がるのが、世界遺産のケルン大聖堂でしょう。幅86メートル、奥行き144メートル。ゴシック建築としては世界最大を誇るというその規模は、さすがに圧倒的です。
内部も見どころが多く、東方三博士の聖遺物を納めた世界最大の黄金細工の聖棺や、幾重にも重なるリヴ・ヴォールトが美しい天井、幻想的なステンドグラスなど、その壮大さに目を見張ります。
ルネッサンス様式(15~16世紀)
ルネッサンスは、15世紀にイタリアのフィレンツェで開花した文化運動。フィレンツェからローマやヴェネツィアなどイタリア国内に広まった後、イギリスやフランス、スペイン、ポルトガルなどヨーロッパ各地にも普及しました。
「ルネッサンス」は、「再生」「復活」を意味するフランス語で、古典古代(ギリシア、ローマ)の文化を復興しようという動きでした。その領域は建築のみにとどまらず、絵画や文学にも及んでいます。
建築におけるルネッサンス様式の特徴は、円柱やアーチ、ドームなど、古代ギリシアやローマの建築の要素が採り入れられたこと。
その一方で、単に古典古代の模倣に終わらず、古代建築や中世建築の流れを汲みながらも、ビザンチン建築やイスラム建築などの長所も加え、さまざまな建築様式を総合的にまとめ上げ、洗練されることを目指していました。
とりわけ教会建築では、古代ローマのモチーフを採り入れつつ、規則的・合理的に設計がなされたのが特徴です。
ルネッサンス建築と聞くと、大きなドームをもったイタリアの教会を思い浮かべる人も多いかもしれません。この時代になると、ドームの土台部分に木材の環をはめて、ドームの破裂を防ぐ工夫がなされるようになったため、バットレスなしで大きなドームを造ることができるようになりました。
ルネッサンス建築が本格的にドイツに持ち込まれたのは、16世紀に入ってからのこと。ドイツなどイタリアよりも北で花開いたルネッサンスは「北方ルネッサンス」とも呼ばれます。
ルネッサンス様式の代表的建造物
「ドイツ・ルネッサンスの最高傑作」と呼ばれる、ドイツの代表的なルネッサンス建築が、アウクスブルクの市庁舎。
ひとくちに「ルネッサンス様式」といっても、アウクスブルクの市庁舎は、イタリアのルネッサンス様式の教会とはずいぶん印象が異なり、すっきりとした規則的なデザインが印象的です。
「中世の宝石箱」と呼ばれるロマンティック街道沿いの町、ローテンブルクの市庁舎もドイツにおけるルネッサンス建築の一例。ドイツにおいて、ルネッサンス様式は、教会や聖堂よりも、市庁舎などの公共建築や宮殿などに多く用いられました。
バロック様式(17~18世紀)
16世紀末にイタリアで生まれたバロック様式は、18世紀前半ごろまでにヨーロッパ各地に普及。各国できらびやかな装飾が施された豪華な教会や宮殿が次々と生まれました。
バロック建築の特徴のひとつが、動きのあるデザイン。
古典的な調和と均整を求めたルネッサンス建築の反動のごとく、バロック建築では見る者に感覚的な刺激を与えるような動的でドラマティックな表現が多用されました。
「バロック」の語源は、ポルトガル語で「歪んだ真珠」を意味する「バローコ」だとされ、もともとはバロック建築の過剰なまでの装飾や動的な表現に対する蔑称だったといわれています。
豪華な装飾を特徴とするバロック建築の建設には、建築家の高い能力のみならず、豊富な資金が必要とされました。そのため、バロック建築はカトリック教会や王侯貴族の宮殿など、大きな財力と権力を背景に建てられた壮麗な建物が目立ちます。
バロック建築の特徴として挙げられるのが、壮大なスケールと、曲線や曲面を多用した複雑な構成、豊富で大胆かつ多彩な装飾。バロック建築では、天使のほか、葉アザミなどの植物のモチーフを採り入れた装飾が多く用いられ、しばしば金箔で豪華に彩られました。
壮麗な空間に仕上げるために絵画の要素が多く取り入れられたのも特徴で、空間を立体的に見せる「だまし絵」やモザイク画が描かれたほか、スタッコ(化粧しっくい)による彫刻装飾が劇的な空間を演出しています。
ドイツにバロック様式がもたらされたのは17世紀のことで、18世紀に最盛期を迎えました。建築家ベルニーニやボッロミーニなど、イタリアの建築様式に影響を受けたものがみられるほか、フランスの宮廷から生まれたロココ様式が混在する建物もあります。
バロック様式の代表的建造物
ドイツにおけるバロック様式の代表的建造物のひとつが、世界遺産にも登録されているヴュルツブルクのレジデンツ。18世紀に大司教の宮殿として建てられたもので、かのゲーテやナポレオンも華麗なる装飾に驚いたといいます。
館内にはいくつもの空間がありますが、なかでも有名なのが「階段の間」。天井にはヴェネツィアのフレスコ画家・ティエポロが描いた世界最大のフレスコ一枚画があり、その華麗さに目を奪われます。
ロココ様式(18世紀)
フランス宮廷の室内装飾に端を発する、ロココ様式。ロココ様式は建築というよりも、おもに室内装飾に用いられる様式で、高度な職人技が生んだ華やかなインテリア装飾のことを指します。
ロココ様式は、おもに教会や宮殿の屋内装飾や家具・調度品の装飾に用いられ、18世紀にフランス、イタリア、スペイン、ドイツ、オーストリアなどに広まりました。
「ロココ」の語源は「小石」や「貝殻」を意味する、フランス語の「ロカイユ」。ロココ様式のインテリアを見れば、確かに貝殻のような形をした装飾が多様されているのがわかります。
こうしたロココ様式の浮彫装飾は、左右非対称が特徴。ロココの室内装飾が目指したのは、バロックのような動的で見る者に視覚的な刺激を与える空間ではなく、心温まるような和やかさを演出することでした。
自由でクリエイティブなロココ様式は、過剰なまでのバロックの装飾に飽きていた建築家や芸術家に受け入れられ、急速に普及していったのです。
ロココ様式を採り入れた建築の特徴は、建物の輪郭や空間の区画がはっきりせず、動的なバロック建築に比べるとメリハリが少ないこと。
内部全体が連続した空間として演出されているロココ様式の教会では、区分された空間が畳みかけるように迫ってくるバロック様式の教会に比べ、ぐっと優しい印象を受けます。
ロココ様式の代表的建造物
ドイツにおけるロココ様式を代表する建造物といえば、なんといっても世界遺産のヴィース教会。
一見すると、田舎の草原にひっそりとたたずむ簡素な教会ですが、内部は外観からは想像もできないほどに華麗をきわめ、「ドイツ・ロココの傑作」と称えらえています。
設計は、当代きっての建築家で、「ドイツ・ロココの完成者」として名高い、ドミニクス・ツィンマーマン。
天井のフレスコ画とスタッコ装飾は、彼の兄であるヨハン・パプティスト・ツィンマーマンが手がけました。優美な色彩と精巧な手仕事に彩られたこの天井は、「天から降ってきた宝石」とも称されています。
おわりに
代表的な建築様式とその特徴を知っておくと、「この町にはルネッサンスの建築がたくさんあるなぁ」「この教会は全体としてはロマネスク風だけれど、中にはバロックの装飾もあるなぁ」など、さまざまな発見があります。
時代を彩ってきた個性豊かな建築物の数々とともに、ドイツの美しい町並みを楽しんでください。